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●北海道野球のあゆみ(明治40年〜現在)
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〜 連盟創立前 〜 | ||
明治40年 | 函館太洋倶楽部創立。日本最初の倶楽部チーム。 | |
42年 | 札幌鉄道局(現JR北海道)創立 | |
大正12年 | 全道実業団野球大会創立(参加39チーム) | |
昭和4年 | 全道樺太実業団野球大会に改称。 | |
9年 | 都市対抗北海道樺太予選開始(推薦制が予選方式に変更) | |
14年 | 函館太洋・久慈次郎監督兼捕手が全道樺太実業団野球大会の試合で球宇禍で死去 | |
17年 | 明治神宮練成大会で函館太洋が優勝。 | |
21年 | 北海道野球協会設立(加盟13チーム) | |
〜 連盟創立後 〜 | ||
昭和24年 | 日本社会人野球協会北海道地方連盟創立(加盟16チーム) | |
7月、札幌中島球場完成オープン(昭和55年取り壊し) | ||
8月、北海道地方連盟結成記念野球大会創設 | ||
25年 | 北海道拓殖銀行登録。王子製紙苫小牧創立。 | |
29年 | 選抜都市対抗野球東日本大会創設(開催地:室蘭) | |
(昭和45年 全国社会人野球北海道大会に改称) | ||
26年 | 三井美唄創立(昭和35年解散)。青函鉄道局創立(昭和37年解散) | |
28年 | 太平洋炭鉱創立(昭和49年解散) | |
北炭赤間創立(昭和36年解散) | ||
31年 | 電電北海道創立(NTT北海道〜現NTT北海道硬式野球倶楽部) | |
住友赤平創立(昭和46年休部、47年解散) | ||
33年 | ベ杯争奪選抜都市対抗野球大会を室蘭で開催、連盟加盟24チーム | |
(炭鉱10、国鉄4、企業4、公社1、クラブ5と炭鉱、国鉄チームで過半数超) | ||
羽幌炭鉱倶楽部(昭和40年に羽幌クラブとなりシーズン終了後解散) | ||
37年 | 大昭和製紙北海道野球部創部。朝比奈監督でスタート。 | |
38年 | 都市対抗で富士鉄室蘭が本道初の準優勝。佐藤進投手が国鉄スワローズへ入団 | |
39年 | 都市対抗応援団コンクールで「スズラン娘」の拓殖銀行が最優秀賞。 | |
44年 | 第19回産業別対抗で拓殖銀行が日石を破り初優勝を飾る。 | |
都市対抗予選で拓銀・野並投手が富士鉄室蘭との決勝戦で21奪三振の道内記録を作る。 | ||
北海道連盟ベストナイン選出制度スタート | ||
45年 | 若松勉外野手(電電北海道)がヤクルトから3位指名を受け入団。(現ヤクルト監督) | |
46年 | 産別大会で電電北海道が準優勝を飾る。 | |
都市対抗北海道予選二次予選に5チームによるリーグ戦方式採用。(この年の第1代表:新日鉄室蘭、第2代表は電電北海道で創部以来初の後楽園出場。) | ||
47年 | 三田晃投手(大昭和製紙北海道)が都市対抗10年連続出場達成。 | |
札幌トヨペット創立(昭和58年解散) | ||
48年 | 大昭和製紙北海道がベスト8初進出。若獅子賞第一号に大昭和製紙の中山俊之投手が受賞。 | |
日産サニー札幌創立(平成4年9月解散) | ||
49年 | 全国社会人野球ベストナインに、村上忠則捕手、高梨英夫内野手(共に大昭和)が選出される。 | |
都市対抗で大昭和北海道が本道初の優勝。 | ||
50年 | 都市対抗応援団コンクールで大昭和北海道が最優秀賞。(大昭和製紙北海道は推薦出場) | |
51年 | 都市対抗応援団コンクールで拓殖銀行が最優秀賞。 | |
53年 | 日本選手権で拓殖銀行が東京ガスを1-0で破り本道初の優勝。 | |
54年 | 山陽国策パルプ旭川創立。 | |
56年 | 大昭和製紙北海道が日本選手権で準優勝するが、その後休部。 | |
57年 | 第53回都市対抗シーズン終了後、大昭和製紙北海道復部。 | |
58年 | 第35回結成記念大会は札幌トヨペットが初優勝。その直後8月18日に廃部解散。 | |
59年 | 第11回日本選手権大会に復活二年目の大昭和製紙北海道が出場。電電北海道は初のダイヤモンド旗に挑戦。 | |
鈴木貴久(電電北海道)が近鉄に5位入団(平成12年引退) | ||
60年 | 日本社会人野球協会北海道地方連盟を日本野球連盟北海道地区連盟に改称 | |
新日鉄室蘭が二度目の出場で見事3位に入り「黄獅子賞」を獲得。 | ||
中村弘道投手(拓銀、南海2位)、遠田誠治内野手(新日鉄、中日6位)で指名。 | ||
1956年創部以来、多くのファンに親しまれた「電電北海道」が民間会社へ移行。「NTT北海道」と改称。 また、札幌村上クラブも「札幌野人クラブ」と改称した。 | ||
62年 | 4月の分離民営化によって旧旭鉄、札鉄が合併し、JR北海道として北海道大会からデビュー。 | |
王子製紙苫小牧が7度目の都市対抗挑戦で初勝利。その勢いでベスト8進出。山本文博内野手(拓銀)が都市対抗10年連続出場達成。 | ||
平成元年 | 第60回都市対抗北海道予選からDH制を採用。 | |
2年 | 北海道野球連盟設立、財団法人日本野球連盟に加盟。 | |
グリーンスタジアム神戸に舞台を移した日本選手権大会でNTT北海道が初のベスト8に進出。 | ||
3年 | 島崎毅投手(NTT北海道、日本ハム4位)が指名を受け入団。 | |
4年 | 和弘食品がシーズンを前に地区連盟に加盟。久々に15チーム体制となった。 | |
5年 | 前年加盟した和弘食品が1年4ヶ月で休部。 | |
軟式から硬式に転向した旭川自衛隊と札幌広島ウインブレーザーズが新加盟。 | ||
6年 | 白老町民の支援によるクラブチーム「ヴィガしらおい」が誕生。 | |
新日鉄室蘭が休部、クラブチーム「室蘭シャークス」として再出発した。 | ||
7年 | 「北広島市」昇格を控えた札幌・広島ウインブレーザズは「ウイン北広島」と改称。 | |
8年 | 連盟創立後初の社会人・プロ交流試合(苫小牧市)全北海道−巨人軍、 | |
全北海道−横浜ベイスターズ。 | ||
函館太洋倶楽部創立90周年記念。 | ||
第21回全日本クラブ野球選手権大会を函館市で開催。 | ||
6月29日の対NTT北海道戦を最後に「たくぎん野球部」は創部46年の歴史に幕を閉じた。 | ||
第23回日本選手権大会に新日鉄室蘭の休部から2年目の室蘭シャークスが初出場、1回戦でシダックスを破り大金星。 | ||
9年 | 全日本クラブ選手権大会でウイン北広島がベスト4に進出。 | |
企業チームが休部する中、開幕に合わせるように3チームが新加盟した。札幌ブルーマックス旭川グレートベアーズ、帯広倶楽部。 | ||
アトランタ・メモリアル4カ国国際野球大会の全日本メンバーにNTT北海道の船尾隆広選手と王子製紙苫小牧の藤田貢投手が選出された。 | ||
全国初の町民球場「ヴィガしらおい」の解散が決まる。 | ||
10年 | 第69回都市対抗野球大会の北海道第二代表としてJR北海道が64年ぶりの本大会出場を果たした。 | |
前年解散した「ヴィガしらおい」とH8年休部した「たくぎん」から12名の選手を加えてサンワード貿易が新加入。 | ||
BAD札幌の新加入により18チームとなる。 | ||
11年 | ブレーブくしろの加盟により19チーム・団体(企業7、クラブ12、少年野球団体1)となる。 | |
NTT北海道がクラブチームへ移行。NTT北海道硬式野球倶楽部と改称。 | ||
12年 | 都市対抗野球大会(東京ドーム)をもって王子製紙苫小牧解散。 | |
第45回北海道大会で、大会史上初めて大学チーム(法政大、札幌大)がオープン参加。 | ||
第71回都市対抗北海道予選を最後に日本製紙旭川が解散した。 | ||
オール苫小牧クラブが日本選手権北海道予選トーナメントよりデビュー。 | ||
10月に札幌ホーネッツがクラブチーム登録。 |